Canyon Aeroad CF SLX 8 AXS の新車ブレーキがゴリゴリ鳴る問題を、トランスファー層を理解して直した話

Canyon Aeroad CF SLX 8 AXS (SRAM Force AXS HRD) を新車で買って、乗り始めた最初から ブレーキに「ゴリゴリ」という不快な音があった。前後とも。しばらく様子を見ながら 150km ほど乗ったが直らないので、本腰を入れて対処した。

最初は「アタリ出し不足かな」程度に考えていたが、調べていくとディスクブレーキの摩擦工学 (tribology) まで掘り下げる話になって、なかなか面白かった。同じ症状で悩んでる人の参考になればと思う。

関連エントリ:

X にも症状を上げていた。

結論(先に書く)#

  • 症状: 中程度のブレーキングのときだけゴリゴリ音、軽い/強いブレーキは正常
  • やったこと:
    1. ローターを IPA (イソプロピルアルコール) で脱脂
    2. パッドを外して 400 番サンドペーパーで「∞ の字」に表面リセット
    3. キャリパー再センタリング
    4. 真面目にアタリ出しやり直し
  • 結果: 完全に直った

実作業は 1 時間程度。費用は IPA 代とサンドペーパー代だけ。ショップに持っていく前に試す価値あり。

症状の詳細#

最初は「ゴーリゴリ」と低周波で引っかかるような音が、ホイールを回すたびに出る感じだった。

特徴的だったのが、ブレーキの強さで音の出方が変わる こと。

ブレーキング
ライト(軽く触れる程度)静か
ミディアム(普通の減速)ゴリゴリ
ヘビー(強めの減速)静か

最初はこれが手がかりとして全然ピンと来なかったが、後から考えるとこの症状こそが原因特定の決め手だった。

切り分けプロセス#

仮説1: パッドの摩耗 → 違う#

乗り始めの新車で、しかも最初から鳴っているので摩耗のわけがない。一応見たが残量は十分。

仮説2: キャリパーセンタリングずれ → 違う#

工場出荷時の調整が甘いケースはあるが、それだと どの圧力でも擦る音 になるはず。今回は中圧域だけ。違う。

仮説3: ローターの歪み → 違う#

歪みなら「シャッ、シャッ」と回転と同期したパルス音になるはず。今回は連続的なゴリゴリ。違う。

仮説4: パッドのコンタミ(油分付着) → 違う#

油分による異音は普通 キーキー鳴き になる。ゴリゴリにはなりにくい。違う。

仮説5: パッド表面の部分グレーズ/不均一なアタリ → 当たり#

これだ。市街地のチョイブレーキだけだと、パッドの低〜中圧域しか使われない。結果、パッド表面に 圧力ごとに違うアタリ ができてしまう。

具体的には:

  • ライト圧 → パッド全体が軽く触れるだけで音は出ない
  • 中圧 → 圧力で 高い箇所だけがローターに食い込む → ゴリゴリ
  • 高圧 → 圧力でパッド全面が密着 → 均等接触で音が消える

このメカニズム、後述する トランスファー層 を理解すると完全に納得できる。

実作業#

Step 1: ローター脱脂#

ホイールつけたまま IPA をウエスに含ませて、ローター両面をゴシゴシ拭く。

ローター脱脂後のウエス - 真っ黒な汚れが出てくる

新車なのに結構黒い汚れが出てびっくりした。工場の防錆油や輸送中の指紋油脂、初期走行で焼き付いたコンタミなどの混合物と思われる。

注意: ブレーキクリーナーは樹脂アタックの可能性があるので、IPA が安全。ヨドバシで 500ml 600 円程度。

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Step 2: パッドのサンディング#

パッドを外して、400 番サンドペーパーで表面リセット。耐水ペーパーの 400 番があれば十分。

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  • サンドペーパーを平らな机に置く
  • パッド面を下にして「∞ の字」に 20 回くらい擦る
  • 表面が均一にマット仕上げになれば OK
  • 光ってる部分が残っていれば追加で擦る
  • パッドの角の面取りも軽く

サンディング後のパッド (拡大) - 縦方向の擦り痕と銅粉の露出

パッドを並べて比較 - サンディング後 (左) と未処理 (右)

サンディング後の表面にキラキラした粒が見えるのは、オーガニックパッド内の金属充填材(銅粉等)が露出したもので、正常。

ちなみに、Aeroad CF SLX 8 AXS の純正パッドはオーガニック(レジン)パッド。SRAM Force / Red / Rival / Apex の HRD キャリパーは OEM で「Steel-backed Organic」(品番 00.5318.025.000) が付属している。雨ライドや長い下りが多ければメタル (シンタード) パッドへの交換も選択肢になるが、街乗り中心ならオーガニック据え置きで OK。

ローターも同じく軽くサンディング(ローターは外さなくて OK、ペーパーをローターに当てて回す)して、その後 IPA で脱脂。

Step 3: キャリパーセンタリング#

  • マウントボルト 2 本を 1/2 回転ずつ緩める
  • ブレーキレバーを強く握り続けたまま
  • 対角で 5 Nm で締める(SRAM 公式仕様)
  • ホイール回して擦り音チェック、ダメなら繰り返し

SRAM ロード用フラットマウントキャリパーのマウントボルトトルクは 5 Nm。以前ネットで「5-7 Nm」と見たことがあったが、公式仕様は 5 Nm。

Step 4: アタリ出し(本気バージョン)#

これまでの市街地のチョイブレーキでアタリ出しが不十分だったのが根本原因なので、ここを丁寧にやり直す。

  • 安全な道で 30 → 5 km/h 強めに減速 × 10 回(ロックさせない)
  • 続けて 40 → 10 km/h 強め × 5 回
  • 終わったらローター熱々(触れないくらい)が正解

これでパッド-ローター間のトランスファー層が均一に形成される。中圧域の音もここで消えた。

なぜ直ったのか:トランスファー層の話#

ここからが個人的に「ふーん」となった部分。

ディスクブレーキの摩擦は「パッド vs ローター」ではない#

教科書的にはそう書いてあるが、実態は違う。実際にはパッドとローターの間に 第三の層 (third body) ができていて、摩擦はこの層を介して起きてる。これが トランスファー層

[パッド本体]
[パッド表層(変質した第三体)]
─── 摩擦中だけ流動粒子層 ───
[トランスファー層(パッド材由来)]
[酸化鉄層(ローター表面、自然発生)]
[ローター本体(ステンレス)]

ローター側も「金属むき出し」ではなく、ごく薄い酸化鉄層(パッシベーション層)が表面にあって、パッド材はその酸化層と化学結合する。

トランスファー層はどう作られるか#

  1. 新品時: ミクロには「点接触」しかない。表面の山と山だけが触れてる状態
  2. ブレーキ時: その点接触部分だけに膨大な圧力と熱が集中(瞬間的に数百℃)
  3. 層の生成: パッド内のレジン(樹脂)が軟化、金属充填材と一緒にローター表面に圧着・凝着、ローター酸化層と化学結合
  4. 層の安定化: 繰り返しのブレーキングで膜が安定、均一になっていく

これがアタリ出しの正体。「強めに減速して熱を入れろ」と言われるのは、中温域 (150〜300℃) に持っていかないと層が形成されない から。市街地のチョイブレーキでは温度が上がりきらず、層が育たない。

良い層と悪い層#

状態構造摩擦特性
良 (Adherent)均一・薄い・密安定、静か、効きが揃う
悪 (Abrasive)ムラ・厚みバラバラ・剥離傾向鳴き、ゴリゴリ、効きムラ
グレーズ過熱で樹脂がガラス化効かない、表面ツルツル

私のゴリゴリの正体#

中圧域だけゴリゴリしてた理由:

  • ライト: 圧力が低すぎて層を介した摩擦が薄く成立、音は出ない
  • ミディアム: 層が一部しかなく、層がない部分でローター生地が直接パッド凸部とこすれる → stick-slip 現象(微小な凝着 → 剥離の繰り返し) → ゴリゴリ
  • ヘビー: 圧力で全面接触が強制され、層がない部分でも瞬時に新たな転写が起きる → 均等に効く

修理作業を振り返ると:

  • ローター脱脂 → 転写の下地をリセット(80% 効いた)
  • パッドサンディング → パッド表面の不均一構造をリセット(15%)
  • センタリング適正化 → 接触面の均等化(5%)
  • 本気のアタリ出し → 新しい均一なトランスファー層を構築

油分が悪さをする物理#

ついでに、なぜ油がブレーキに致命的なのか。

油は 境界潤滑膜 を作る。これがあるとパッド-ローター間で凝着が起きない(数 nm の油膜でも効く)。結果、トランスファー層が形成できない、できても剥離する。

一度油が混入すると、加熱で炭化してさらに厄介な被膜になる。

だから「ブレーキ周辺に潤滑剤 NG」というルールがある。KURE 5-56 をうっかり吹くと終わる。チェーンルブ飛散にも注意。

実用的に覚えとくべき 4 つのこと#

ディスクブレーキを扱う上で、原理を踏まえた上で押さえとくべき要点:

  1. 摩擦面は育てるもの — 買ってすぐ最強性能ではない、アタリ出し前提
  2. 油は天敵 — だから脱脂が大事
  3. 熱を入れないと層が育たない — だからアタリ出しは中〜強ブレーキで
  4. 症状別の典型原因:
症状典型原因
キーキー(高音)油 or グレーズ
ゴリゴリ(低音引っかかり)層のムラ
効かないコンタミ or 摩耗
ジャダー(パルス)ローター歪み

これだけ知ってれば、症状から原因が逆引きできて、自分でだいたい対応できる。

まとめ#

ブレーキ周りの「なんとなく嫌な感じ」を放置すると気持ちよく乗れないし、自走で直せるなら一番安く済む。

特に新車でこの症状は割と起きるらしい(出荷時の防錆コーティング + ユーザーの初期アタリ出し不足の合わせ技)。Aeroad に限らず、SRAM Force / Red / Rival / Apex など 2 ピースキャリパー系で同じ手順が使える。

ディスクブレーキって、見た目はシンプルなのに中身は 熱力学+材料工学+摩擦工学+振動工学のごった煮 で、知れば知るほど面白い分野だった。学術的には Brake friction tribology、Stick-slip phenomenon、Third body theory (Godet 1984) あたりがキーワード。自動車ブレーキのほうが研究進んでて論文も多いので、興味があれば。

X (旧 Twitter) に上げた症状の投稿

使った道具・材料#

  • IPA(イソプロピルアルコール)500ml — 約 600 円
  • サンドペーパー 400 番 — 約 100 円
  • T25 トルクスレンチ
  • 6mm ヘックスレンチ
  • トルクレンチ(5 Nm が測れるもの)
  • 清潔なウエス(青いやつ)

合計 1,000 円かからない。ショップに持っていけば工賃数千円なので、自分でやれるならそのほうがいい。ただし 初回はホイールを外す前にトルクや配置を写真に撮っておく ことを強く推奨。


この記事は Canyon Aeroad CF SLX 8 AXS(SRAM Force AXS HRD)で確認した内容です。SRAM Red / Rival / Apex も同じ 2 ピースキャリパー設計なので同じ手順が使えるはず。Shimano は構造が若干違うので別ノウハウになります。

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